取材に参加したのは,ポーランドのWojciech Lorenz氏,インドネシアのDahono Fitrianto氏,チリのCarolina Alvarez氏,エジプトのSalwa Samir氏ほか,世界中から招聘された総勢7名の記者です.
当初の予定では,Nagasaki Archive制作のきっかけから,Hiroshima Archiveの進捗状況についてお話しすることになっていました.しかし,急遽,首都大・渡邉英徳研究室メンバーによる東北地方太平洋沖地震を支援するコンテンツも紹介することにしました.
上記の記事に書いたように,チームメンバーのひとりは仙台で被災しています.また,余震が続き,放射能汚染のおそれがある関東地方で,予期せず,世界的な「被災者」となった日本人の私たちが,今後どう行動していくのか,という話題と,「後世に伝える」というアーカイブズのコンセプトに関する話題が,重ね合わさりながら進行しました.
以下,取材後に連続投稿した,私のツイートを転載します.
- 今日の海外記者団の関心も通行実績情報マップ http://shinsai.mapping.jp/ に集まった。ちょうど新幹線の電柱が倒れた旨のツイートの側に、通行可能な道がある部分をデモしたところ、意義を分かってくださった。他のレイヤも、原則的には無数載せられると説明。
- また、これはヒロシマ、ナガサキアーカイブと震災に関するサービスに共通して「Facebookとの連携予定は?」という質問も。Twitterが使われていない国の記者だと推察。
- (質問したポーランドの記者も遠慮しつつ)今回の震災に関するアーカイブズも手掛けるのか、と聞かれた。既に「記録のコミュニティ」の醸成が始まりつつあると思うし、自分たちも力を注いでいくと応えた。
- 特にポーランドの記者はすごく熱心で、ワルシャワ爆撃後を再現したムービーを見せてくれたり、ナガサキ、ヒロシマアーカイブへの改良アイデアを出してくれたりと、かなり踏み込んだ活動をするジャーナリストだとかんじた。
- エジプトとポーランドの記者は、それぞれリアルタイム+66年の時を隔てて、僕らの仕事にシンパシーを感じてくれたように思う。もちろん他国も、悲劇を経験していない国など無いわけで、同情よりも「如何にして復興するか」「どう世界に伝えるか」という視点からの質問ばかり。大いに力付られた。
- 「核の恐怖」を伝える記者団ツアーは長崎、広島を経てさいごが僕たち。若い世代が語り継ぐ、という優しいコンセプトのはずが、突如「被災者たちが如何に活動しているか」という熱いテーマになり、記者たちの意気込みもすごかった。海外紙に掲載次第、リストを送ってくれるそうです。楽しみです。
ポーランドのWojciech Lorenz氏は特に熱心で,ワルシャワ空爆後の再現映像「City of Ruins」を紹介してくれました.
「こういう立体的なアーカイブもつくってみては?」というご提案も.2時間ほどのインタビュー中,日本空襲デジタルアーカイブとの連携予定,「デジタルアーカイブズ」のコンセプト,Tuvalu Visualization Projectなどについても話しました.
(行為→記録→アーカイブ)+コミュニティ=アーカイブズ,というレコード・コンティニュアム・モデルの実践は,記者たちのなかにも強い共感を生んでいたようです.徐々にうねりが生じつつあるのを感じます.(渡邉英徳)
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